こんにちは sannigo(さんご)です。いつもありがとうございます。
今回は「謎多き天白信仰を静岡の地で巡る」の第2弾として、浜松市助信町に鎮座する『冨士神社』を参拝させていただきました。
『冨士神社』は、住宅地の中に静かに鎮座する現代風の神社というイメージで、自然がが残る鎮守の森に映えるコンクリート造りと思われるクールな社殿が魅力的です。境内には遊具もあり児童公園になっており、親御さんのためのベンチもあったりします。
御祭神は木花咲耶比賣命(このはなさくやひめ)、合祀されているのが『天白神社』と『日本武尊』ですが、この天白神社が合祀されるに至ったエピソードといいますか、歴史的な動きが大変興味深いです。
私が参拝したのは2024年11月17日でお天気も良く、そろそろ紅葉が始まったかなという過ごしやすい季節だったせいか、静かな境内には清らかな空気が流れのんびりとベンチに座っていたいような気持になりました。

冨士神社
鎮座地:浜松市中央区助信町49−6
《アクセス》
電車・バス:遠鉄電車[助信駅]から徒歩約2分
車:東名高速道路[浜松IC]から約19分
駐車場:境内の児童公園に停めさせていただきました
御朱印:不明
冨士神社とは?


境内の由緒書からわかるのは、創建年代は不詳、1815年(文化12年9月23日)再建されていること。さらに村社に列したのは1873年(明治6年)3月ということです。
そして、興味深いのは1875年(明治8年)9月に天白山に鎮座していた『天白神社』を合祀したのに、後に住民の希望で元に戻されたことです。おそらくこの天白山とは都田川の清流と田園風景がすばらしい天白山のことかな?と思います。
ところが、1954年(昭和29年)7月16日には改めて『天白神社』を合祀することになったそうで、現在も引き続き日本武尊と共に合祀しているとのことです。
少し複雑というかミステリーな感じがしませんか?でも境内の『由緒書』にしっかりと書かれていることですので、やむを得ない事情があったのかもしれません。
その後、1969年(昭和44年)10月11日、原因不明の出火により焼失してしまいますが、1971年(昭和46年)10月15日、氏子の皆さんの奉賛により無事に再建され、現在も助信町の氏神として篤く崇拝されているそうです。
御由緒
鎮座地 浜松市助信町821番地
御祭神 木花咲耶比賣命(このはなさくやひめのみこと)
合祀 天白神社 日本武尊
本殿 13.7坪
拝殿 54.8坪
境内地 974.3坪御由緒 創立年月日不詳、文化12年9月23日再建す。
旧社領朱印2反9畝2歩を有せり。
明治6年3月村社に列す。
明治8年9月天白山に鎮座せし天白神社を合祀するも、
住民の希望により元の天白神社にて祭祀す。
昭和29年7月16日改めて合祀す。
昭和44年10月11日原因不明の出火により焼失。
昭和46年10月15日全氏子氏の奉賛により竣工す。
助信全町民の産土神として崇拝されている。
例祭日 十月十六日
(境内由緒書きより)
御祭神


木花咲耶比賣命(このはなさくやひめ)
神話に残る木花咲耶比賣命といえば、桜の花のように美しい神様で、天照大神の孫である瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)に見初められ結婚したことは有名で、縁結びの神様としてもよく知られています。
ここからが興味深いのですが、一夜で子を宿した姫が瓊瓊杵尊に天つ神の子としての出産準備を依頼すると、「えっ?本当に俺の子なの?一夜でできる?」と、国つ神の子ではないかと不審がります。
「キーッ」となった姫は「本当にあなた(天つ神)の子ならば、無事に産まれるでしょう」と、出口のない産屋に火をつけ燃え盛る産屋で3柱の神を産むのでした。
このような火中でも無事に3つ子を出産したことから、木花咲耶比賣命は安産や子宝の神として祀られるようになったそうです。
関連記事≫
合祀


〇天白神社(てんぱくじんじゃ)
天白信仰は東日本にみられる民間信仰で、その分布は長野県、静岡県を中心とし南限は三重県、北限は岩手県まで広がっています。信仰の対象・内容などが星神・水神・安産祈願などと多岐にわたるため謎多き信仰といわれています。
また時代的には縄文まで遡るという説もありますが、伊勢土着の麻積氏の祖神天白羽神(あめのしらはのかみ)起源説が有力とされています。
天白神社の御祭神についてですが、浜松の入野町の天白神社では「天白羽大神」、磐田に3社ある天白神社の池田は「猿田彦」、堀之内では「太田命」、小島では「宇加之御魂神」と、それぞれ違うのです。これは自然崇拝の時代からの信仰に後に御祭神を当てはめた感じではないのかしらと考えています。
〇日本武尊(やまとたける)
日本武尊は古事記・日本書紀に登場する古代日本の皇族で、第12代景行天皇の皇子で、第14代仲哀天皇の父にあたり、熊襲征討・東国征討を行ったとされる日本古代史上の伝説的ヒーローです。
父は第12代景行天皇で母は皇后の播磨稲日大郎姫(はりまのいなびのおおいらつめ/第7代孝霊天皇の皇孫)ですから、血筋的にもかなりのエリートだったはずです。ところが大和朝廷が列島を統一しつつある時期だったこともあり、乱暴者だった小碓命(おうすのみこと/日本武尊の幼名)は、父から遠ざけられるかのように西方の熊襲征伐に、東方の蝦夷制圧と奔走します。
最後は大和国(奈良県)に帰る途中で倒れ、白鳥になって天に帰ったという伝説が残る、むしろ悲劇のヒーローでもあります。
参照元:https://omairi.club/spots/130351 ヤマトタケル - Wikipedia
関連記事≫


まとめ
今回は「謎多き天白信仰を静岡の地で巡る」の第2弾、11月に浜松市助信町に鎮座する『冨士神社』を参拝させていただいた時の記事になります。
冨士神社に合祀されている「天白神社」ですが、由緒書にもあるように少し複雑な感じです。一度はこちらに合祀された「天白神社」ですが、住民の希望で元に戻します。ですが、また再び何かしらの事情でこちらに合祀され現在に至っているという、きっととてつもない何かしらの事件なり、事情があったのではないでしょうか?
さすがに謎の多いとされる天白信仰です。あと4つ寝るとお正月という今年も切羽詰まった状況ですが、来年もまた「謎の多い天白信仰を静岡の地で巡る」ということで、いろいろな「天白神社」を御参拝させてもらおうと思います。
もちろん「感謝」と「世界平和」のみをお伝えしていますのでご安心を!最後までお読みいただきありがとうございます。今年も皆さまには大変お世話になり、本当にありがとうございました。では、よいお年を!