sannigoのアラ還日記

趣味の神社巡りを記録しています。

浜松市内の神社、約1割が『六所神社』、今回は白鳥町に鎮座する六所神社

こんにちは sannigo(さんご)です。いつもありがとうございます。

今回お参りした古の神々を祀る遠江の神社は浜松市中央区白鳥町に鎮座する『六所神社』です。昨日グーグルの検索で見つかった「六所神社」は、市内になんと52社ありました。

 

2023年(令和5年)全国の神社数は約8万といわれ、静岡県には約3千社、浜松では天竜だけでも112社、市全体で487社とされています。( 令和5年版文化庁編 )

 

2015年の「市区町村の面積ランキング」では、岐阜県高山市の2177.61㎢に次いで2位に輝く1558.06㎢の静岡県浜松市は、縦に長く海あり山あり湖ありで南北を端から端まで車で約3時間、歩いて1日以上(約25時間)かかる広さです。

 

今年の元旦に行政区が再編され7区から中央区、浜名区、天竜区の3区に変わりましたが、面積の広さは相変わらず2位をキープしています。

 

ただし、人口は2020年のデータによると全国で16位ですから、人口密度は低い?それでも自然が多く、食べ物も海・山からの恵まれた食材に加え、日本の中でもトップクラスの日照時間(2022年の年間日照時間は2,345.1時間)を誇っているおかげで野菜もおいしくて暮らしやすい地域だと思います。

 

人口は中央区604,808人、浜名区154,810人、天竜区24,907人でトータル784,525人。グーグルマップの検索で得られる六所神社の数は中央区18社、浜名区22社、天竜区12社、トータル52社。浜松市内の神社の約1割は「六所神社」ということになります。

 

そこで、人口:六所神社の数で見ると、中央区77%:34.6%、浜名区19.7%:42.3%、天竜区3.1%:23%となります。浜松市のすべての神社の約23%が天竜区に鎮座し、同じように市内の六所神社の23%は天竜区に鎮座していることがわかります。

 

天竜区の神社数が人口に対して多いのはやはり信仰心が深いからでしょう。これからもできる範囲でお参りしていきたいと思っていますが、やはり山深い場所まではきびしいかもしれません。

 

今後も市内の『六所神社』を含め、いろいろな神社仏閣をお参りさせていただいて、心穏やかに余生を過ごせたらいいなと思っています。

 

白鳥町に鎮座する『六所神社』の鳥居

 

 

六所神社(白鳥町)

 

 

鎮座地:浜松市中央区白鳥町813

※申し訳ありません。なぜかしら赤いピンが立たなかったので、住所で判断していただければと思います。

 

《アクセス》

 

電車・バス:遠鉄バス[白鳥バス停]下車、徒歩約4分
      JR[天竜川駅]から徒歩約90分
      遠鉄電車[さぎの宮駅]から徒歩約92分
車:東名高速道路[浜松IC]より約6分
駐車場:ありません
御朱印:不明

御祭神

底津綿津見神(ソコツワタツミノカミ)
中津綿津見神(ナカワタツミノカミ)
表津綿見神(ウワツワタツミノカミ)

底筒男之命(ソコツツノオノミコト)
中筒男之命(ナカツツノオノミコト)
表筒男之命(ウワツツノオノミコト)

 

三柱の海神と、三柱の航海の守り神の六柱の神様が祀られています。

 

まだ日本という国がなかったころ、伊邪那岐(イザナギ)と伊弉冉(イザナミ)によって誕生した神々のおかげで日本国が統一され、現在につながっています。

 

イザナギが愛しいイザナミの変わり果てた姿に驚愕し黄泉の国から逃げ帰り、穢れを払おうと行った禊祓いの際に、水の中で身体を洗った時に生まれた神々が、六所神社(白鳥町)の御祭神です。

 

水の底で身体を洗った時に生まれた神が、底津綿津見神・底津少童命(ソコツワタツミ)、次に底筒男之命(ソコツツノオノミコト)。

 

中ほどで生まれた神が、中津綿津見神・中津少童命(ナカツワタツミ)、次に中筒男之命(ナカツツノオノミコト)。

 

水の上の方で洗った時に生まれた神が、上津綿津見神・表津少童命(ウワツワタツミ)、次に表筒男之命(ウワツツノオノミコト)。

 

綿津見三神


この中の3柱の綿津見神三神を総称して「綿津見三神」と呼び、この三神はオオワタツミとは別神であるとの説、逆に同神との説もあり複雑です。

「綿津見三神」は海の底、中、表を守り給う海の主宰神です。 海上交通の安全をはじめ潮、魚介類といった海産物のお恵みをもたらす神と信仰され、また禊祓の神として不浄や災厄を祓い清め、さらに水と潮を支配し、潮の満干によって人の生死をも司るとされることから人の命や生活の吉凶をも左右するとされています。

 

日向神話に登場する『山幸彦と海幸彦の段』では、火照命(ホデリノミコト)または火須勢理命(ほすせりのみこと/海幸彦)の釣針をなくして困っていた火遠理命(ホオリノミコト/山幸彦)が、塩土老翁(シオツチオジ)の助言で綿津見大神(豊玉彦)のもとを訪れ、綿津見大神の娘である豊玉毘売(トヨタマビメ)と結婚しています。

 

山幸彦と豊玉毘売の二神の間の子である鵜葺草葺不合命(ウガヤフキアエズノミコト)は豊玉毘売の妹である玉依毘売(タマヨリヒメ)に育てられます。

 

後に鵜葺草葺不合命と玉依毘売は結婚して神日本磐余彦天皇(カムヤマトイワレビコオスメラミコト/神武天皇)を産んでいます。太陽神を信仰していた神武天皇は、太陽の昇ってくる方向を目指して、日向国(宮崎県)から東を目指したとされます。

 

綿津見大神(豊玉毘売の父)の出自は不明ですが、一般にはオオワタツミと同一神と考えられており、オオヤマツミは山の神、オオワタツミは海の神としての認識が高いようです。

参照元:ワタツミ - Wikipedia

 

住吉三神

 

また、筒男神の三神を総称して「住吉三神」と呼び、この神々は神功皇后が三韓討伐に出兵した際、この住吉大神のご加護が航海の無事と大きな戦果を産み、航海を守ってくれる神として篤い崇敬を集めることになったといいます。

 

住吉大神ともいいいますが、この場合は住吉大社にともに祀られている息長帯姫命(オキナガラタラシヒメノミコト/神功皇后)を含めることがあります。息長帯姫命(神功皇后)は、日本史上初めての摂政として約70年間君臨したとされます。

 

海を越えて新羅へ攻め込み、百済・高麗を服属させた「三韓征伐」の活躍による政治的なリーダーというだけでなく、母神としての象徴的な存在でもあります。

 

まだ生まれていなかった誉田別命(ホムタワケノミコト/応神天皇)を身ごもりながらも渡海の際は石で陰部をふさぎ、腹部にはさらしを巻いて出産を遅らせてでも朝鮮半島への遠征を敢行したことで、母性愛の象徴としても崇敬されています。

 

住吉三神を祀る神社は住吉神社などという社名で、日本全国に約600社もあるそうです。

参照元:住吉三神 - Wikipedia

 

由緒

 

『六所神社』入口付近のようすと『由緒書き』

 

六所神社
鎮座地 浜松市東区白鳥町813
御祭神 底津綿津見神(ソコツワタツミノカミ) 
    中津綿津見神(ナカワタツミノカミ) 
    表津綿見神(ウワツワタツミノカミ)
    底筒男之命(ソコツツノオノミコト) 
    中筒男之命(ナカツツノオノミコト) 
    表筒男之命(ウワツツノオノミコト)
    八幡大神(ハチマンオホカミ)
    春日大神(カスガノオホカミ)
境内社 金山社 稲荷社 雨宮社
例祭日 9月21日

由緒  和銅年中の創立と云う寛永13年及び、元禄6年酉9月再建棟札有り。

平成3年9月27日御大典事業の一環として社殿改築を承認決定。

平成4年9月20日落成

(境内由緒書きより)

 

東向きの拝殿が珍しい『六所神社』はこちらの記事≫

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お参りしていきましょう

 

右手に社務所、小さな赤い橋を渡ります

 

鳥居までは長い参道が続きます。途中小さな赤い橋を渡り、さらに澄んだ空気の中鎮守の森に囲まれた参道を進むと、鳥居が見えてきます。

 

鳥居

 

『鳥居』と鳥居に掛けられた『扁額」』

 

鳥居をくぐり参道を進むと、左脇には注連縄が張られた「・・・祓所」と書かれた場所があります。何か気になります。

 

うっそうとした参道、左脇の気になるスペース

 

牛頭天王と刻まれた灯篭

 

「牛頭天王」と刻まれた灯篭、左脇の石塔など

 

目の前の灯篭には「牛頭天王」と刻まれています。その奥には小さな手水鉢と小さな石塔が2つ立っており、そのひとつには「津嶋牛頭天王」の文字が刻まれています。

 

手水鉢と「津嶋牛頭天王」と刻まれた石塔

 

牛頭天王といえばこの記事≫

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手水舎

 

手水舎で口と手を清めます。

 

拝殿前の境内は子供が遊べる公園になっているようで、滑り台や鉄棒などの遊具も見えます。週末には参拝を済ませたご家族がのんびり過ごされているのでしょう。

 

狛犬

 

凛々しい阿吽の狛犬

 

拝殿

 

拝殿と、拝殿脇の彫刻「魚?」

 

本殿

 

本殿を左右から見ています

 

本殿がとても大事にされているのがわかるのが、本殿の下の土台の高さです。石垣のように積まれた土台はかなり丈夫そうです。

 

御神木

 

3本に分かれた立派な『御神木』

 

根元にはそれぞれ小さな祠があります

 

3本に分かれたとても立派な太い木で、それぞれの木の根元には小さな祠があります。最近拝見した御神木で一番立派かも?

 

小さな鳥居をくぐると、そこには注連縄で飾られた高さ1m程の石があります。富士石と呼ばれている浜松市の有形民俗文化財に指定されています。

 

この石には古くから言い伝えがあり、足の神様として祀られ、山登りや旅行に出かける際にはこちらの石にお参りして足の病のご加護を願っているようです。

 

有形民俗文化財『白鳥の富士石』

 

富士石

 

本殿の土台と、富士石の説明板

 

有形民俗文化財 白鳥の富士石

 六所神社境内に祀られているこの石は、昔一人の行者がこの神社にて一夜を過ごし、前日まで履いていた草鞋 に一心に祈り小さな石を草鞋の上に置いて旅立った。
 その後、村人が草鞋の存在に気づき、日ごとに石が大 きくなって行く様を不思議に思い、噂が立ち村人たちが見に行くようになった。
 数年後、この小石は立派な富士山の形をした大きな石になっていた。村人達の間には「石の中には富士山の浅間様がお入りになっているのだろう」と噂が広がり石を丁寧にお祀りするようになった。
そして、山登り、旅行に行く際はこの石にお参りするようになり、足の病にもご加護があるとし近隣の村人達も参拝するようになった。今では1m余りの大きな石となり富士山に似ていることから「富士石」と呼ばれ境内に祀られ足の神として人々の深い信仰を集めることになった。
平成二十九年三月二十二日に浜松市教育委員会より
浜松地域遺産として「有形民俗文化財」に認定頂く。
  平成二十九年八月六所神社

(境内説明板より)

 

足の神様といえば「アラハバキ」記事はこちら≫

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最後に

 

今回お参りしてきた『六所神社(白鳥町)』は、浜松市の中ノ町地区の白鳥町に鎮座しています。

 

元は豊田郡だった中ノ町村の11ヶ村の一つの白鳥村が、明治29年に豊田郡から浜名郡になり、昭和29年に浜松市に合併したとのこと。

 

明治時代末期に行われたという神社合祀(神社の数を減らす目的)、村の合併と同じような目的で行われたようですが、こちらの神社もそういったことで六カ所の神社を合祀した結果、六柱の神様を祭神とした神社なのかもしれません。ただの妄想ですが・・・

 

日本全国に鎮座するという『六所神社』、やはり浜松市内の神社だけでも、少しずつお参りして回りたいと思っています。

 

最後までお読みいただきありがとうございます。では、またです。