遠江の神社・仏閣・お城
今回の遠江の天白神社巡り⑳で参拝(2025/4/5)させていただいた『天白社』は、『挙張神社』の境内社です。『挙張神社』の創建は応永年間(1394年〜1427年)に勧請されたものとされますが、詳細は不明。当初の『挙張神社』は素戔嗚尊を祀る小さな祠だったそう…
謎多き天白信仰を探る神社巡り⑲では、トンボで知られる桶ヶ沼近くに鎮座する『鹿島神社』。磐田市岩井地区の氏神様です。天白神社でもないのになぜ?実はこちらの『鹿島神社』の境内社が天白社だと『天白紀行』P207に記されています。
先回の『羽鳥八幡神社』に続いて、今回もかつて織物に関係した職人が集団で住む町だったと伝わる浜松市中央区豊町に鎮座する『服織神社(はたおりじんじゃ)』を参拝させていただきました。
『天白紀行』山田宗睦著では、天白の起源を伊勢神宮の神麻続機殿神社の祭神「天ノ白羽神」に求めるとされています。「天ノ白羽神」=「長白羽神」ならば、機織、紡績に強い神徳のある神。ならば遠江の織物の歴史が知りたい!
今回は袋井市浅羽と浅名に鎮座する『天白神社』の周辺の歴史を知るために訪れた『浅羽荘司館跡』と『駿遠線芝駅跡』をご紹介したいと思います。どちらもほぼ同じ場所ですので一気に訪ねることができます。
今回は浜松市の最北端に位置する水窪町を訪ね、遠江の天白神社巡り⑫として、水窪町地頭方に鎮座する『天白神社』を参詣(2025年3月14日)させていただきました。
遠江には白羽という地名が4ヶ所あり、『白羽神社』は浜松・磐田・御前崎と3カ所に鎮座しています。御前崎の古社『白羽神社』は天白との関わりはないのですが、白羽官牧や神馬などとすごく興味深い神社です。
天白信仰に関係あるの?ということで、先回の記事「磐田の白羽神社」に続き、今回は浜松の『白羽神社』、次回は相良の「白羽神社」とお参りさせていただいた結果を検証していきたいと思っています。
遠江の天白神社巡り⑨で登場した『天白神社(磐田市堀之内)、さらに⑩の『天白神社(磐田市小島)』にほど近い『白羽神社』を参拝。⑩の御祭神が長白羽命(別名天白羽神)とは!天白信仰との関係が気になります。
今回は「延喜式延喜式内社麁玉郡四座の一つである『若倭神社』に比定する説がある宮口の『八幡神社』をご参拝。実は宮口の『六所神社』、笠井に鎮座する『春日神社』も同じく論社とされているんです。
今回の遠江の天白神社巡り⑪では、静岡県の中でも田んぼと茶畑が織りなす里山風景という形容がぴったりの静岡県御前崎市下朝比奈に鎮座する『天白神社』をお参りしました。
『左馬武神社』では、その名の通り、今川氏の一族であり新野舟ヶ谷城の城主で新野村三千石を治めていた新野佐馬助公(にをお祀りしています。新野佐馬助親矩はかの井伊直政の命の恩人として今も慕われています。
『開田院』は、御前崎市の曹洞宗の寺院ですが、寺紋が「葵の御紋」なのでこれはもしかして?と思ったら、やはり家康公ゆかりのお寺でした。なぜに御前崎の地で葵の御紋なの?と思われた方も多いかと思います。
磐田市小島に鎮座する『天白神社』をお参りさせていただきました。鎮座地は江戸時代前まで河川からの土砂の堆積が進まず、排水不良の沼や池が広がっていたといいます。治水と農耕の神天白さまの信仰が広がる土地柄であったと思われます。
今回の『天白神社』が鎮座する磐田市堀之内は、天竜川の「竜」と太平洋の「洋」を合わせた町名の竜洋地区にあり、西側には天竜川、南側は遠州灘の海岸線が広がる川と海に囲まれた水の町に鎮座する神社です。
今回の「遠江の天白神社巡り⑧」は浜松市中央区北島町に鎮座する『天白神社』。鎮座地の北島町は浜松市中央区の東部に位置し、安間郷の北に当たる島状の地形であることから北島と命名された場所です。
いよいよ天白神社巡りも今回からは浜松を離れ、遠江の中心地ともいえる磐田市に入ります。古くは「遠淡海国(とほつあはうみのくに)」と表記された遠江。磐田市内に鎮座する『天白神社』は3社、今回は池田。
三重県志摩地方を南限とし、名古屋には天白区、豊橋には天伯町の地名が残り、天竜川沿いの遠州地方から長野県にかけて多く分布している『天白神社』の一つがこちらの『天白さま』です。
今回の天白神社巡り④は浜松市中央区白鳥町に鎮座する『天白神社』です。以前記事にした『六所神社』のすぐ近くの『天白神社』には常駐しているのかと思わせるほどリラックスした猫さんが寝そべっていました。
今回参拝させていただいた(2024/1/1)神社は、浜松市浜名区都田町に鎮座する『雷(いかづち)神社』です。創建は1672年(寛文12年)、御祭神は水の神といわれる「大雷大神」。
『社宮神社』の子授け祈願の方法は少し変わっています。”おしゃもっ様と呼ばれる”杓子で願いをすくい上げる”という由縁から、祈願の際に杓子型のお札を受け、無事に子どもを授かったら「おしゃもっ様」を神社に奉納するそうです。
今回参拝に訪れた神社は、浜松市中央区有玉西町の『旧俊光将軍社』。実際に俊光将軍が存在したという記録はないようだが、有玉という地名のいわれになっている坂上田村麻呂の伝説で生まれた武将が最初に祀られた祠です。
『蒲神明宮』地元では「全ての願いを叶える神様」として知られているのですが、元々は千年以上も前に「蒲大神(かばのおおかみ)」を奉していたところに「神明宮」を勧請したそうで、古来社殿はなかったとのこと。
今回お参りした古の神々を祀る遠江の神社は浜松市中央区白鳥町に鎮座する『六所神社』です。昨日グーグルの検索で見つかった「六所神社」は、市内になんと52社ありました。
だいぶ遅れていると感じていた今年の紅葉。それでもそろそろいかが?と、紅葉を楽しみに四ツ池公園へ出かけた「勤労感謝の日」、なんとも神秘的な神社に出会ってしまったのでした。
今回は浜松市民から通称「赤電」と呼ばれ親しまれている遠鉄電車の「さぎの宮駅」から歩いて7分でお参りできる『鷺之宮八坂神社』です。御祭神は須佐之男命(スサノオノミコト)と雨忍穂耳命(アメノオシホミミ)。
今回お参りした神社は、かつて池があり、この池の周りに松が生い茂っていたことから命名されたという浜松市中央区松小池町に鎮座する『松之浦神社』です。
今回の遠江の神社は、浜松市浜名区内野に鎮座する『内野神明宮』です。先日記事にした『六所神社』と同じく「延喜式神名帳」にある遠江国・長上郡『朝日波多加神社』と推定される神社です。
今回の古の神社は浜松医科大学病院東に位置する『六所神社』です。三方原台地の東麓に鎮座し社殿は東を向いており、江戸時代は六所明神と称していたとのことでかなりの歴史の深さを感じる神社です。
今回は浜松市浜名区貴布祢に鎮座する『貴布禰(きぶね)神社』です。こちらにもいつもブログに登場する、平安時代の征夷大将軍で蝦夷征伐を成し遂げた坂上田村麻呂の伝承が残されています。お楽しみに♪